「占いは当たるのか?」東京の占い師による占い研究。

占いについて。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

宿曜秘法で皇位をねらった、弓削道鏡

弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は日本史上たったひとり、皇室の血縁関係はないのに皇位をもとめた人物である。奈良時代末期に活躍してした道鏡は、当時の皇室が仏教に親しんでいるのを知り、あえて仏教の呪術をみにつけて出世をした。

道鏡は、山で修業を積み、祈りの力によって星の動きをかえる宿曜占星術(しゅくよう占星術)を身につけたと伝えられている。この術は、仏教界では異端とされた密教の経典に出てくるものである。それは、己の体と精神を鍛えることによって思いのままに自然を動かせるとする考え方によってまとめられたものだ。

道鏡がその術を身につけて山をおりたとき、朝廷では聖武天皇の娘、考謙(こうけん)上皇が力をもっていた。彼女はただ一人、皇室を継ぐ者として独身ですごし、皇位についたという。彼女は病弱であったが、道鏡に出会ってからというものとても健康になったといわれている。上皇は、精神的なことが原因で体をこわしていたが、道鏡と意気投合することによって性格が明るくなったそうだ。実際には、彼女が体が弱かったため淳仁(じゅんじん)天皇に位をゆずり、先帝の立場で政治を見ていた。

そのあと、考謙上皇はふたたび皇位にもどり称徳(しょうとく)天皇となった。そして、大寺院に広い領地を寄付して仏教政治を展開していったのだ。道鏡は太政大臣禅師にまで出世した。

称徳天皇は、道鏡に位をゆずろうとまで考えたようだが、貴族たちの反対が激しかったため実現はしなかったそうだ。その道鏡だが、称徳天皇が亡くなると直ちに宮廷から出されたそうだ。



スポンサーサイト
  1. 2014/07/28(月) 20:56:51|
  2. 占い
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
| ホーム | 孔雀明王の力を得た、役小角(えんのおづぬ)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://astrotarot.blog.fc2.com/tb.php/33-33345f00
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。